ハワードには悩みがあった。
みんなの家に越してきてからというもの、熟睡できない。
原因は判っている。同じ部屋の奴らの寝息だ。思えば、早くから一人部屋を与えられて育ったハワードには誰かと一緒に眠った記憶がない。そのせいか、他人の存在が気になって気になって、うまく寝つけないのだ。
寝苦しいばかりのシャトル生活でも、野生動物に怯えながらの野宿の日々でも、そんなことはなかった。些末なことに気を取られるだけの余裕がなかったからだ。むしろ、これは環境が整えられたが故の不眠症といっていい。ようやく少しは安心して眠れる状態になったというのに、何という皮肉だろう。
――あいつらと違って僕は繊細だからな。
そう独りごちた彼は、絶妙な解決策を思いついて膝を叩いた。
夜眠れないのなら、誰もいない昼間寝ればいいのだ。
「……誰が不眠症だって?」
シンゴはあからさまに嫌そうな表情でハワードの悩みについての見解を述べた。
「寝相は悪いし寝言は言うし、あれだけ夜中に騒いでおいてよく言うよ。この前なんか、シンゴシンゴってうるさいから仕方なく返事をしたのに、全部寝言なんだよ。次の日聞いても全然覚えてないし。ひどいと思わない?」
同意を求められたベルは穏やかに笑った。
「釣り竿は俺が見てるから、シンゴは少し休むといいよ」
「うん、ありがとうベル」
二人はフェアリーレイクで釣りをしているところだった。ちょっと照れたようなシンゴの顔を見て、もう一度笑みを浮かべたベルだったが、ふとその表情が曇った。
「カオルは全然眼を覚まさないけど、やっぱり疲れているのかな」
夜中、自分やシンゴがハワードのたてる騒音で起きあがってしまうような時でも、カオルだけは眼を覚ます様子がない。普段あれだけ物音や気配に敏感なカオルが、気づきもしないとはよほど疲れているのだろうか。
「違うよ」
が、シンゴはベルの心配をあっさり否定した。
「聞いたらね、何かシャットアウト機能がついてるみたいな話してたよ。寝てる時でも、無意識のうちにハワードの声だって判断して無視できるんだって」
「へえ……」
便利だよねー、僕もそういう機能ほしいなー。そんなシンゴの声を遠く聞きながら、カオルっていったい……と思わずにはいられないベルであった。